ヤッターマンが実写版の映画となって復活するそうです。
タツノコプロのいわゆる「タイムボカンシリーズ」はたんなるSFヒーローものに止まらず、内輪や時には視聴者までまき込んだナンセンスギャグ満載で、かなり革新的なテレビアニメでした。
当時小学生だった私は¨タイムボカン世代¨ど真ん中。毎週土曜日の6時30分を心待ちにして、熱中しました。
シリーズの中でも傑作といわれるヤッターマンは、私がもっとも影響をうけたテレビアニメのひとつであり、¨心の原風景¨みたいにもなっています。
よくあらゆるメディアで昭和30年代を紹介(または回想)するとき、象徴的に必ずと言っていいほど¨白黒画面の中でカラテチョップをする力道山¨が出てきますが、あれと同じように、私が「私の小学生時代」を思い返すとき、テレビには必ずヤッターマンが映っているのです。
そんな思い入れの強いヤッターマンなので、その復活には喜びとともに不安な気持ちもこみ上げてきました。
「あんまりいじらないでくれ!」かんたんに言えばそんな感情です。
リバイバルする際、変な¨味¨や¨色¨をくわえてしまったがために、オリジナルとは比べものにならないくらい作品をダメにしてしまった例をいくつもみてきました。
さらに今回のヤッターマンは「実写版」とのこと。世界観のかたまった¨2次元¨を¨3次元¨に転化するのはかなりハードルが高いように思われたのです。
一番心配だったのはキャスティングでした。「¨有閑倶楽部¨みたいにあまりにもギャップのある配役だったら観ないよ」そのくらいの気持ちでした。
そして先に発表されたヤッターマン1号ことガンちゃん役は「嵐」の櫻井君でした。私の感想は「絶妙!!」。かなりイイと思いました。アニメのガンちゃんはたしか中学生くらいの設定だったと思いますが、なんだかイメージがぴったりです。変身前とマスクをした変身後が、どちらとも容易に想像できました。
ジャニーズは今やひとつの権力であり、テレビでは視聴率を、映画などでは観客動員数を上げる¨装置¨なわけで
ところどころでジャニーズを見かけるたびに「こんなところにまで配置してるよ」などと私は呆れかえったりすのですが、ガンちゃん→櫻井君というキャスティングは清々しく感じます。
さらに今週、福田沙紀がヤッターマン2号のアイちゃん役に選ばれたという記事が新聞に載っていました。これまた素晴らしい。
ドラマ「ライフ」の影響で、ある雑誌の「女子高生が嫌いな若手女優」の1位に選ばれてしまった彼女ですが、それだけ確かな演技で視聴者を引き込んだ証かもしれません。ユーモアセンスもあるし、ともかく「この子は頭がよい」というのが私の印象です。週刊誌で「ライフ」での演技について「いじめ役だって精神的にも体力的にもつらいんですよ。だから、現実世界でいじめを笑って楽しんでいる人は、どうゆうつもりなんだろう、って思いますね」と語っていた彼女。ただものではありません。
イメージ的にもあまりアイちゃんとのギャップもなく、彼女の¨演技¨が楽しみです。
さてさて、問題は敵役のドロンボー一味、いわゆる3悪党です。正直、アニメにおいては主人公をこいつらが¨食ってしまって¨おり、おだてブタなどの素敵なギャグの数々は「こいつら側」から生み出されたもの。タイムボカンシリーズの人気を支えていたのは実はこいつらだった言い切りたいです。
なので映画もこの3悪党の扱い方で面白くもなるだろうし、その逆も予想できます。
ドロンボー一味の配役はまだ公表されてないので私がかってにキャスティングしてみました。
ボヤッキー →大杉漣さん。 やせこけて、神経質そうでひがみっぽく女子高生好き。しかし、全ての作戦をたて、メカを設計する¨天才科学者¨でもあるのでインテリの匂いも漂わせなければなりません。ちょっとうるさそうですが今田耕司さんや、工藤官九郎さんでもいいなと思いました。
トンズラー →小倉久寛さん。 怪力担当ですが、それ以外はただモッサリとそこにいるだけ。・・・ごめんなさい。小倉さんしか浮かびませんでした。
ドロンジョ →土屋アンナさん。 日本にはああいうビッチな女優さんがなかなかいないので悩みました。「きーっ!」とハンカチを噛んで悔しがる様が絵になりそうなのと、リーダーで姉御肌である、と言う点から選びました。
実際はだれになるのでしょうか。
他にも実写版ヤッターマンに対して、私はいくつかの要望があります。
ひとつは「テーマを持たせないでほしい」。友情の大切さはドラえもんを、人間と自然の共存はジブリを観て考えればよい。ヤッターマンは2時間の間ずっと笑わせてもらえばそれでいいです。子供たちが映画を観たあと、家や学校でなんらかのギャグをパクッていたら成功です。
ふたつめは「バイオレンスはダメ」。ヤッターマンで「血がドバー」はまずい。ハンマーで叩かれても大きなたんこぶが出来、いつのまにか十字に絆創膏がはってあればよい。どんな爆発に巻き込まれても、真っ黒に煤汚れて、呆然と立っていればよい。とことん¨漫画的¨でいいのです。
そして爆発によってたちのぼるキノコ雲は「ドクロ雲」でなくてはなりません。
「実写版ヤッターマン」に対して色々と想いがあふれ出てくる私ではありますが、「なぜ放送から30年もたった今なのか」という疑問もありました。しかしすぐにそれは私らタイムボカン世代が大人になったのだ、という答えに着地したのでした。
あの頃、土曜の6時30分になるとテレビの前に座り、夢中でヤッターマンを観ていた子供たちは今では皆大人になり、さまざまな分野で世の中を動かしているのです。
映画関係やクリエイターの中にもそういった¨かつての子供たち¨がとうぜんいて、「あのヤッターマンをもう1度!」と胸を熱くしたのではないかと、私は考えたのです。
出不精の私ですが「実写版ヤッターマン」はぜひ観に行きたいです。
たぶん映画館は子供と¨かつての子供たち¨でいっぱいになるのではないでしょうか。
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