水曜日の午後10時

毎週水曜日の夜になると、私の父親は熱心に「ホカベン」を観ていました。

はじめの頃、茶の間のテレビを奪われた私は「レッドカーペットが観たいのだが…」とそのたびに渋々と新聞などを読みながら夕食をとっていました。

しかし、そうして¨いたしかたなく¨ご飯をたべながらチラチラと観ていた「ホカベン」に、私はしだいに引き込まれいってしまいました。
「ホカベン」は面白かったのです。

陰惨な事件が現実に頻発する近ごろ。ドラマにおいても法律や犯罪はシビアに扱わなければならないと思うのですが、その点で「ホカベン」は誠実につくられている感じがしました。

上戸彩はあまり弁護士には見えませんが、熱く青臭い若者を「そうなり過ぎない」いい感じで演じていて好感がもてます。

北村一輝の「濃さ」も良い。テレビごしにみてこんなにもアクが強いのに、休みの時とかちゃんと一般社会に溶け込めるのかしら、と心配になったりすが、私は「ホカベン」で北村のファンになりました。

私の「ホカベン」びいきを決定づけたのは、いじめっこに復讐した少年たちの話の回です。

上戸に諭され真実を吐露する主犯格の少年。「先生も親もみんな馬鹿だ…」呻くように言葉を吐き、やがて床にひざまずいてしまいます。その少年の演技がほんとうに「苦悩」と「悲しみ」に充ちていて鬼気迫るものがあって、私は胸が潰れそうになりました。彼もジャニーズなのでしょうか。素晴らしかったです。

今週は最終回だったのでもちろん観ました。後味のよい清しいラストでした。

「CHANGE」んなんかも、「アホか」とはなっから切り捨てているのですが、一話くらいちゃんと観てみようかなと思います。

視聴率なんてほんとうにあてになりません。あたりまえの話ですが、何が好きで何が良いと思うかなんて、自分で咀嚼して決めたいです。

「ホカベン」も視聴率的にはいろんな媒体で¨大コケ¨とか言われていたのです。

りょうの怖い顔がハイビジョンに対応していなかったからかもしれません。

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かつての子供たち~ヤッターマンを想う~

ヤッターマンが実写版の映画となって復活するそうです。

タツノコプロのいわゆる「タイムボカンシリーズ」はたんなるSFヒーローものに止まらず、内輪や時には視聴者までまき込んだナンセンスギャグ満載で、かなり革新的なテレビアニメでした。

当時小学生だった私は¨タイムボカン世代¨ど真ん中。毎週土曜日の6時30分を心待ちにして、熱中しました。

シリーズの中でも傑作といわれるヤッターマンは、私がもっとも影響をうけたテレビアニメのひとつであり、¨心の原風景¨みたいにもなっています。

よくあらゆるメディアで昭和30年代を紹介(または回想)するとき、象徴的に必ずと言っていいほど¨白黒画面の中でカラテチョップをする力道山¨が出てきますが、あれと同じように、私が「私の小学生時代」を思い返すとき、テレビには必ずヤッターマンが映っているのです。

そんな思い入れの強いヤッターマンなので、その復活には喜びとともに不安な気持ちもこみ上げてきました。

「あんまりいじらないでくれ!」かんたんに言えばそんな感情です。

リバイバルする際、変な¨味¨や¨色¨をくわえてしまったがために、オリジナルとは比べものにならないくらい作品をダメにしてしまった例をいくつもみてきました。

さらに今回のヤッターマンは「実写版」とのこと。世界観のかたまった¨2次元¨を¨3次元¨に転化するのはかなりハードルが高いように思われたのです。

一番心配だったのはキャスティングでした。「¨有閑倶楽部¨みたいにあまりにもギャップのある配役だったら観ないよ」そのくらいの気持ちでした。

そして先に発表されたヤッターマン1号ことガンちゃん役は「嵐」の櫻井君でした。私の感想は「絶妙!!」。かなりイイと思いました。アニメのガンちゃんはたしか中学生くらいの設定だったと思いますが、なんだかイメージがぴったりです。変身前とマスクをした変身後が、どちらとも容易に想像できました。

ジャニーズは今やひとつの権力であり、テレビでは視聴率を、映画などでは観客動員数を上げる¨装置¨なわけで
ところどころでジャニーズを見かけるたびに「こんなところにまで配置してるよ」などと私は呆れかえったりすのですが、ガンちゃん→櫻井君というキャスティングは清々しく感じます。

さらに今週、福田沙紀がヤッターマン2号のアイちゃん役に選ばれたという記事が新聞に載っていました。これまた素晴らしい。

ドラマ「ライフ」の影響で、ある雑誌の「女子高生が嫌いな若手女優」の1位に選ばれてしまった彼女ですが、それだけ確かな演技で視聴者を引き込んだ証かもしれません。ユーモアセンスもあるし、ともかく「この子は頭がよい」というのが私の印象です。週刊誌で「ライフ」での演技について「いじめ役だって精神的にも体力的にもつらいんですよ。だから、現実世界でいじめを笑って楽しんでいる人は、どうゆうつもりなんだろう、って思いますね」と語っていた彼女。ただものではありません。
イメージ的にもあまりアイちゃんとのギャップもなく、彼女の¨演技¨が楽しみです。

さてさて、問題は敵役のドロンボー一味、いわゆる3悪党です。正直、アニメにおいては主人公をこいつらが¨食ってしまって¨おり、おだてブタなどの素敵なギャグの数々は「こいつら側」から生み出されたもの。タイムボカンシリーズの人気を支えていたのは実はこいつらだった言い切りたいです。

なので映画もこの3悪党の扱い方で面白くもなるだろうし、その逆も予想できます。

ドロンボー一味の配役はまだ公表されてないので私がかってにキャスティングしてみました。

ボヤッキー →大杉漣さん。 やせこけて、神経質そうでひがみっぽく女子高生好き。しかし、全ての作戦をたて、メカを設計する¨天才科学者¨でもあるのでインテリの匂いも漂わせなければなりません。ちょっとうるさそうですが今田耕司さんや、工藤官九郎さんでもいいなと思いました。

トンズラー →小倉久寛さん。 怪力担当ですが、それ以外はただモッサリとそこにいるだけ。・・・ごめんなさい。小倉さんしか浮かびませんでした。

ドロンジョ →土屋アンナさん。 日本にはああいうビッチな女優さんがなかなかいないので悩みました。「きーっ!」とハンカチを噛んで悔しがる様が絵になりそうなのと、リーダーで姉御肌である、と言う点から選びました。

実際はだれになるのでしょうか。

他にも実写版ヤッターマンに対して、私はいくつかの要望があります。

ひとつは「テーマを持たせないでほしい」。友情の大切さはドラえもんを、人間と自然の共存はジブリを観て考えればよい。ヤッターマンは2時間の間ずっと笑わせてもらえばそれでいいです。子供たちが映画を観たあと、家や学校でなんらかのギャグをパクッていたら成功です。

ふたつめは「バイオレンスはダメ」。ヤッターマンで「血がドバー」はまずい。ハンマーで叩かれても大きなたんこぶが出来、いつのまにか十字に絆創膏がはってあればよい。どんな爆発に巻き込まれても、真っ黒に煤汚れて、呆然と立っていればよい。とことん¨漫画的¨でいいのです。

そして爆発によってたちのぼるキノコ雲は「ドクロ雲」でなくてはなりません。


「実写版ヤッターマン」に対して色々と想いがあふれ出てくる私ではありますが、「なぜ放送から30年もたった今なのか」という疑問もありました。しかしすぐにそれは私らタイムボカン世代が大人になったのだ、という答えに着地したのでした。

あの頃、土曜の6時30分になるとテレビの前に座り、夢中でヤッターマンを観ていた子供たちは今では皆大人になり、さまざまな分野で世の中を動かしているのです。

映画関係やクリエイターの中にもそういった¨かつての子供たち¨がとうぜんいて、「あのヤッターマンをもう1度!」と胸を熱くしたのではないかと、私は考えたのです。

出不精の私ですが「実写版ヤッターマン」はぜひ観に行きたいです。

たぶん映画館は子供と¨かつての子供たち¨でいっぱいになるのではないでしょうか。

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「ちりとてちん」を観よう 1

NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」を観ています。

もうここ何年もテレビドラマなんぞどうでもよかった私が「ちりとてちん」に食いついたわけは、ヒロインの貫地谷しほりに注目しているからに他なりません。

映画「スウィングガールズ」でトランペットを吹いているのを見た時は、ちょっとクセのある美少女、ぐらいにしか印象に残っていなかったのですが、NTTドコモのCMの中「店先で帰るお客さんに一礼し、そのあとで少し空を見上げ、どこか感銘深げに清しい笑顔をみせる」というほんの5、6秒のシーンに、私は心を奪われてしまったのです。

じつはファンのくせに貫地谷しほりのことを勝手に「助演顔」と決めつけていた私。ところがドラマで主役をはるっていうんで重ーい腰をあげました。

ものすごく簡単にまとめると、なんのとりえもないコンプレックスだらけの少女が落語家をめざす、というお話のようです。

今週は主人公和田喜代美が9歳ぐらいの頃の設定(ちなみに少女期を演じている子役の娘もまた凄い!逸材)なのでまだ貫地谷しほりは登場してませんが、かなり引き込まれました。

落語が話の展開に密接にかかわっており、やはり「人情」というか人生や人間の「泣き笑い」がじつに嫌味なく伝わってきます。コミカルなやりとりに「ぷぷっ」と吹かされたあと、鼻の先がつーんとして涙があふれてきたりします。

8時15分に家にいるはずもない私はビデオで録画しています。毎日楽しみにしながら会社から帰ってきます。

そして集中力さえ乏しい私にとって、15分という長さはじつにちょうど良い時間なのだと気づきました。

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来年は誰に走っていただきましょう

志は正しいのだろうが、どうもテレビサイズの演出や段取りが鼻についてきて、ここ10年くらい積極的に

24時間テレビを観ようとは思わなかった。

だが初代のメインパーソナリティーであり、初期の24時間テレビの〈象徴〉であり、子供の頃の私のヒーロー

である欽ちゃんが走るというのであれば話はべつだ。

細かいことは抜きにして見守りたい、応援したいと思った。


テレビに映る欽ちゃんの姿はとても痛々しかった。「痛々しい」もうその一言だ。

テレビでこんなことしていいのか、とさえ思った。

感動とか完走できるかとかそういうことより、ただただ残酷な感じがした。

応援に駆けつけた坂上二郎さんも脳梗塞から立ち直ってまだ間がない分痛々しかった。

ともかく無事完走して(というより、なにごともなく番組が終わって)よかったよ。


スタートとゴールのとき、いわゆる「欽ちゃんファミリー」が集結していた。

イモ欽トリオの山口良一さんや長江健次さん、「わらべ」の高橋真美さんや倉沢淳美さん(!!)らが

順調にふけていて、ある意味痛々しい中、「ワルオ」の西山浩司さんだけがあのツッパリ風の学ランと

リーゼントをなんの違和感もなくキメて、ちっとも変わってなかった。

感動といえば一番それが感動した。


今日の新聞のテレビ欄を見ると24時間テレビをネタにした番組がいくつも見うけられる。また「舞台裏」とか

見せつけるのだろう。

そして明日のズームインスーパーには欽ちゃんが生出演するそうだ。

もうひっぱるひっぱる。

そういうことが鼻につくってんだよ日テレちん!!!(怒)

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映画「赤い文化住宅の初子」

「赤い文化住宅の初子」という映画を観ました。
その面白い題名と、少女と少年が小指をつなぎながら制服で石段の上に立つ静謐なポスター、そして鈴木砂羽さんが出ている、ということに惹かれて・・。

幸薄い中学生の少女「初子」が、散々な目にあいながらも恋というほんとうにささやかな灯火と兄妹愛を支えにしながら、青春を生きていく。簡単にいえばそんな映画です。

私はこういう「薄幸の少女もの」が苦手。古くは「キャンディ・キャンディ」とか「おしん」や劇中で重要なアイテムとしてでてくる「赤毛のアン」も。

たぶんハッピーエンドだろう、と思いながらもそれまでに主人公に突きつけられる災難の数々が、痛々しくて可哀相で見ていられないのです。そのくせ安直なストーリーで幸せになりました、なんてことになると「け。世の中そんなにうまくいくもんですか」と私はひねくれてしまうので(これは私の性格に問題ありですが)こまります。

「赤い文化住宅の初子」も、父は蒸発、母は死に貧乏のどん底の中で兄は高校を中退して働きながらもパチンコや風俗にお金を使って妹の「進路」をせばめてしまう、というどうしようもない初期設定。その上に嫌な大人が何人かからんできて、映画の冒頭、私は顔をしかめっぱなしでした。

ただクラスメイト「三島くん」との淡い恋はつんのめりながらも発展していき、劇を暖かく気持ちのいいものしていきます。だめ人間のお兄ちゃんもじつは「だめではない」ことがわかってきます。私はこっちの兄との関係のほうに心をうたれました。

寒い冬の夜、亡き母の思い出をたどりながら、兄妹があやとりをする場面。素晴らしかった!!(感涙)

映画はわずかな希望をのこして終わります。ハッピーエンドというにはあまりにも心細いが、真っ暗ではなく、とても後味は良かったです。

いい映画を観た。そう思います。

主演の東亜優は、きれいだがどこかモッサリとした昭和顔で、映画を観る前は「なんでこんな娘が」なんて思ったりしましたが、今はファンです。
鈴木砂羽さんは母役で、大杉漣が父というこのうえなく素晴らしい配役と、兄の塩谷瞬のカッコよさが私にとってのこの映画の肝となりました。050_2


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