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生きてることが辛いなら

森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」をマスターして、いつかカラオケで歌ってやろうと練習しています。

お風呂の中やバイクに乗りながら、はたまた残業で一人ぼっちになったときなどに、それはもう¨口ずさむ¨なんて生易しい感じではなく、大声で叫んでおります。


さて、その「生きてることが辛いなら」の冒頭の¨~いっそ小さく死ねばいい¨という歌詞が¨自死をあおるのではないか¨などと論争を巻き起こしています。

私は、¨小さく死ぬ¨というのは「生きながらにして自分をリセットしてみる、いろんなことを一からやり直してみる、考え直してみる」くらいの意味で聴こえていたので、むしろ「あと200年ぐらい生きてみよう」とか思ったのですが、賛否両論あって、神経質に「死んじゃう人がいたらどうすんだよ」と考えてる人も世の中にはいるようです。

ちょっと驚いたのがコンビニで¨放送禁止¨になったことで、どこのどなたが決めたのか知りませんが、その理由があまりにも言いがかりっぽく、スジが通っていないので腹が立ちました。

なんでも、「短時間に出入りする客が多いコンビにでは歌詞の一部だけを聴く可能性がある」とのこと。

世の中に無限に放たれる言葉や音楽や画などに私たちは、大なり小なり自分の人生に影響を受けています。

コンビニに入れば有線も聴こえてくるでしょうが、雑誌などの立ち読みもするでしょう。そこで目にした文章やイラストや写真らのほうにも、自死をあおったりする¨1行¨もしくは¨1ページ¨があるかもしれません。あるいは作者や筆者が本当に伝えたいことを描くために¨あえて¨殺人を賛美したり、戦争を正当化しているような、「作品の一部」を見る可能性のほうがおおいにあるのではないか。

しかしコンビニ側はいちいち商品の雑誌や新聞をチェックしてはいないでしょう(それは不可能)。

結局、わかりやすく、簡単なところから削除していくお手盛りな倫理観でしかないのでは。


人がなにをどう思うかなんて、ほんとうは他人には施しようがありません。

たとえばZARDの「負けないで」は人生の応援歌の代表みたいなものですが、私は大嫌いです。私は¨負けないで¨とか¨がんばれ¨と言われるのが一番つらかったりするときがあるので。

人生は様々な矛盾を孕んでいているし、人の心は複雑で、「死ねばいい」と聴いて生きたくなるし、がんばれと言われるたびに消えて無くなりたくなったりするのです。


作者に明確な悪意みたいなものがあれば話は別だろうし、「ある」と受け止めている人がいるのならそれはそれで先にも言ったように施しようがないのですが、私は「生きてることが辛いなら」の¨詞(詩)¨とそれを聴いて「あと200年生きよう」と思った自分の¨感性¨を信用したいです。

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コメント

かつて、もう死ぬしかないか? 
と考えた事がある。
いつでも死ねるなら今死ななくてもいいと考えた。
この歌はよくきくと慌てて死ぬんじゃないっていってるから
誤解してる人には一度でもいいから最後まで聞いて欲しいですね。

投稿: mumei | 2008年9月28日 (日) 02時23分

たしかに。
むしろ最後まで聴きたくなるような歌だと思ったりもしますし、「生きてることが辛いなら」を聴いたり歌ったりしながら、私自身、ともかく最後まで、¨死ぬまで生きてみよう¨と強く思います。

投稿: レミー | 2008年9月28日 (日) 08時02分

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