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いいとも少女隊の一日署長

渡辺直美さんが「いいとも少女隊」として¨一日品川警察署長¨をやるというので、のこのこ出かけてまいりました。


今年18回目となる「品川宿場祭り」。そのイベントの一つとして交通安全パレードと時代劇仮装パレードが恒例になっているようで、京浜急行新馬場駅を降りて商店街の人ごみの中を歩いていくと様々なコスプレと出会います。

突然弁慶さんが歩いていたり、品川区長自ら水戸黄門に扮していたり、どっかで見たようなおちょぼ口の侍がいるなぁと思ったら、石原家の三男ひろたか議員でした。

パレードの出発点に着くと、スタート前のセレモニーが開かれていました。

区長や署長のあとに挨拶に立ったいいとも少女隊の二人は、婦人警官の姿で「一日署長」のたすきをかけて奇跡的な可愛さ。

直美さんは「ビヨンセです」と発し、さっそく笑いを誘っていました。


白バイに先導され、赤いオープンカーの後部座席で観衆にピッと額に手を当てる警察特有のポーズを決める二人。

テレビなどではよく見ていた風景ですが目の当たりにするとすごい興奮しました(へんな意味ではなく)。

なかなかこういう機会はないでしょうし、¨超出不精¨の私ですがほんとうに行ってよかったと思います。


写真をたくさん撮って、そのときは何も言われませんでしたが、肖像権問題があるのでここに載せるのはやめておきます。

鈴木凛さんのブログに素晴らしい写真がUPされていたのでそちらを見てください。


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生きてることが辛いなら

森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」をマスターして、いつかカラオケで歌ってやろうと練習しています。

お風呂の中やバイクに乗りながら、はたまた残業で一人ぼっちになったときなどに、それはもう¨口ずさむ¨なんて生易しい感じではなく、大声で叫んでおります。


さて、その「生きてることが辛いなら」の冒頭の¨~いっそ小さく死ねばいい¨という歌詞が¨自死をあおるのではないか¨などと論争を巻き起こしています。

私は、¨小さく死ぬ¨というのは「生きながらにして自分をリセットしてみる、いろんなことを一からやり直してみる、考え直してみる」くらいの意味で聴こえていたので、むしろ「あと200年ぐらい生きてみよう」とか思ったのですが、賛否両論あって、神経質に「死んじゃう人がいたらどうすんだよ」と考えてる人も世の中にはいるようです。

ちょっと驚いたのがコンビニで¨放送禁止¨になったことで、どこのどなたが決めたのか知りませんが、その理由があまりにも言いがかりっぽく、スジが通っていないので腹が立ちました。

なんでも、「短時間に出入りする客が多いコンビにでは歌詞の一部だけを聴く可能性がある」とのこと。

世の中に無限に放たれる言葉や音楽や画などに私たちは、大なり小なり自分の人生に影響を受けています。

コンビニに入れば有線も聴こえてくるでしょうが、雑誌などの立ち読みもするでしょう。そこで目にした文章やイラストや写真らのほうにも、自死をあおったりする¨1行¨もしくは¨1ページ¨があるかもしれません。あるいは作者や筆者が本当に伝えたいことを描くために¨あえて¨殺人を賛美したり、戦争を正当化しているような、「作品の一部」を見る可能性のほうがおおいにあるのではないか。

しかしコンビニ側はいちいち商品の雑誌や新聞をチェックしてはいないでしょう(それは不可能)。

結局、わかりやすく、簡単なところから削除していくお手盛りな倫理観でしかないのでは。


人がなにをどう思うかなんて、ほんとうは他人には施しようがありません。

たとえばZARDの「負けないで」は人生の応援歌の代表みたいなものですが、私は大嫌いです。私は¨負けないで¨とか¨がんばれ¨と言われるのが一番つらかったりするときがあるので。

人生は様々な矛盾を孕んでいているし、人の心は複雑で、「死ねばいい」と聴いて生きたくなるし、がんばれと言われるたびに消えて無くなりたくなったりするのです。


作者に明確な悪意みたいなものがあれば話は別だろうし、「ある」と受け止めている人がいるのならそれはそれで先にも言ったように施しようがないのですが、私は「生きてることが辛いなら」の¨詞(詩)¨とそれを聴いて「あと200年生きよう」と思った自分の¨感性¨を信用したいです。

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キクロンおばさん

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キクロンです。

家でも職場でも幾度となく使ってきた食器洗い用のスポンジですが、よくよくパッケージのデザインを見てみるとかなり味わいがあり、しかもちょっと「怖かった」ので、思わず写真に撮ってしまいました。

まず惹かれるのはそのイラストのタッチ。どう見ても現代のものではありません。パソコンのパの字もない時代に描かれてたものと思われ、全体的な色調からは¨古めかしさ¨が伝わってきます。

技術的には遠近法などがうまく使えておらず、システムキッチンの蛇口や窓際においてあるポットとヤカンが斜めになってしまっていて、今にも落っこちてしまいそうです。

そしてなによりも、衝撃的なのが手前に大きく描かれた¨奥さん¨です

現代のセンスなら、もっと若くて新婚ホヤホヤ的な娘さんを起用するかと思うのですが、私の見る限りこの¨奥さん¨は40歳台。完全に熟女とよばれる領域です。

ノースリーブからあらわになった、たっぷりとした白い身の腕からは、そこらへんの小娘には真似のできない大人の色香が漂っており、かなりのボリュームがあるだろうと容易に想像が出来るバストのあたりでちょうど絵を「切る」ことによって、マニアの人はたまらないだろうな、と思わせる構図になっています。

そう、このパッケージデザインはどこか生めかし過ぎるのです。

奥さんはキクロンを持ってはいますが、今から食器を洗おうという感じではありません。うっすらと微笑んではいますが目は笑っておらず、その目は¨私¨ではなく第3者の¨ご主人¨に向けられ、寝室にいざないながら「今日はこのキクロンを使って・・・」などと淫らなことをもくろんでいそうです。

くわえて、奥さんが持っているキクロンの中には同じ「キクロンを持っている奥さん」が描かれ、合わせ鏡のように無限に続いています。それは終わりのない淫靡と悦楽の世界をあらわしているようでもあり、もしその目線の先が不倫相手だとしたら、逃れられない泥沼の暗喩ともとれ、ほんとうに怖いです。


私は¨奥さん¨のことがもっと知りたくなって、キクロンのホームページを訪れてみました。

すると、次から次へと私の想像を超える事実が判明して腰が抜けました。深い。じつに深い。


まず、この奥さんに明確な名前はなく単に「キクロンおばさん」と呼ばれています。私は気を使って¨奥さん¨て言っていたのに、なんだ、おばさんて言っちゃってよかったのね。

私は絵のタッチからその歴史は70年代だとふんでいたのですが、実際にはもっと古く昭和37、8年ぐらいにさかのぼります。(どんだけロングセラーなんだ)

商品があまり売れずに悩む当時の社長のもとに、ある画家があらわれ、「3倍の売れ行きを示すイラストを描く自信がある」と豪語したそうです。

それが「キクロンおばさん」で、採用してみるとほんとうに売り上げが飛躍的に伸びたのだそうです。

これは私の想像ですが、今だに同じイラストを使い続けているのは当時の¨恩¨を忘れないためではなかろうか。このおばんさんに会社を大きくしてもらったんだと。

だとしたらちょっといい話でジーンときてしまいます。

「キクロンおばさん」は、ちゃんとした名前がないわりにはけっこう細かく¨キャラ付け¨がなされています。

そもそもその生い立ちからして複雑。

ドイツ人の父と台湾人の母をもち(つまりハーフ)、中学の頃に父の仕事の関係ではじめて日本の土をふみます。

私は「キクロンおばさん」の¨茶髪¨を故・青江三奈さんのような「昭和歌謡茶髪」だと思っていたのですがはずれました。地毛だったとは!!

年齢は私と同世代の37歳。夫は外交官で渋谷に住んでいます。

笑えたのは好きなタレント→kinki kids(とくに堂本剛のほう)だって。40年以上の歴史があるわりにはずいぶん設定が最近です。

他にも通販好きだったり、懸賞に凝っていたりと、意外と俗っぽいところがあると知ってなんだか安心しました。


―なんとなく道で拾った石を調べてみたら素敵な物語が隠されていた。―

―いつもは通り過ぎていただけの近所の壁の穴を覗いてみると、想像を絶する世界が広がっていた―


「キクロンおばさん」はそんな経験をさせてくれました。


ここまでつらつらと「キクロンおばさん」のことを書いてきてなんなんですが、私は昔から住友スリーエムのスミちゃんのファンです。

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じゅぴたー

私の課の、ここ何日かの日報を整理していましたら、日付のところに「19月51日」と書き込んでいる方がいました。


その人の暦だけ木星の軌道にのっかってしまっています。


いや、この秋口でもう¨19月¨ということは逆に円周が小さいのか。


水星人? 金星人?


ともかく¨いつ¨の日報なんだか。


不思議なのは日報をよくよく見ても、違う欄に書くべき数値(例えば終了時間とか)を間違って書いた様子がまるでないことです。

とうとつに1951という値が登場して」いるのです。


休みが明けたら本人に問いただしてみましょう。


「あなたはどこの星から来た人ですか!」

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