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こまかなこだわりは大事。

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友人たちに会いに新宿へ行く際、せっかくだからと副都心線に乗ってみました。

「東新宿駅」のホームで素敵なベンチ発見。

プラスチックでしょうか、アクリルでしょうか、透明なイスに花があしらってあります。

デザインが秀逸。ひっこぬいて自分の家にもって帰ってしまいたくなりました。

酔っぱらいのオヤジには絶対に座らしたくありませんな!!

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今だにDSに触れず

雨の多いこの時期。乾ききらない駅の階段を下りながら「すべらないように気をつけなきゃな!」と思った瞬間ズルッとすべりました。

ドーンと尻と両手をつき、足は前方にピン伸びてつり輪の選手のような格好になってしまう。

駄目ではないか。まるで思考と行動がリンクしていません。
私は自分で自分のボケっぷりに驚愕しました。

尻や手はもちろん、肩や首、頭にまで衝撃があってかなりの痛みが走りました。
特に首は、以前からそこにトラブルを抱えているうえに、最近何度か携帯電話でブログを書いているうち落ちついていた¨DS痛¨が再発してきていたのでWパンチです。

首の辺りがグワングワンと常に痛んでると思考能力まで落ちてきそうです。

またどこかですっ転んだりするなこりゃ!

Hisamituのチックタイプの塗り薬が手放せません。

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浜崎さんのライブに行ってきた

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浜崎あゆみのライブのチケットが一枚余っているという人がいたので、いただいておきました。

私はちっとも浜崎さんのファンではありませんが、「行かないか」と話をもちかけられたとき、なぜだか¨面白そうな¨気がしてきて快諾したのです。

まぁタダですし会場も家から近かったので・・・。

6月8日、横浜アリーナに私は一人のりこんで行きました。


新横浜駅に着くと、はやくも辺りはあきらかに¨アユファン¨とわかる若くておしゃれなオネーちゃんたちがその密度を高めていて私は余計な緊張をします。

アユに憧れ、¨アユになりたい¨という意思表示がガンガン伝わってくる彼女たちは(中にはハイヒール・モモコみたいになちゃってる人もいましたが)ほんとうにキレイな人ばかり。

駅前にはパチモンのグッズを売る露店がでていたのですが、アユの団扇やクリアファイルを見ながら、一人のとても可愛い子が「アユ可愛いねぇ~」と、気絶しそうな感じで連れの女性に言っていたので、私は「君だって充分可愛いじゃないか!!」と伝えたくなりました。

人の流れに沿ってたどり着くと、開場はしているものの、アリーナの前は人の渦でした。

やはり女性が9割で、入場しようとする人、グッズを買いに並ぶ人、アリーナの前にある駐車場にはアユのイラストが描かれたちょっとイタイ車が止めてあり、そこにも人がたかっていて異様な雰囲気。

さながらアユは教祖、ファンは信者、そして横浜アリーナは神殿といった感じです。


中に入り、席について一息つきます。舞台から突き出た¨花道¨のすぐ横でとてもいい席です。開場を見渡すとグッズの「光るうちわ」の無数の青い光がとてもきれいで、ほんとのファンの人たちにスミマセンと頭を下げたくなりました。

開演予定の4時を15分ほど過ぎてもライブは始まらず、それならばと私がトイレに行こうと通路に出たとたん開場が暗転し、悲鳴にも似た大歓声の中、浜崎さんが登場しました。

1曲目。ファンであれば「アルバム○○からの○○」などとレポートができるのでしょうが、しょっぱなから知らない歌がきました。

無理もありません。私が知っているのは「Boys & Girls」「M」「SEASONS」だけです。つまり私は¨もちうた3曲¨でライブに挑んでいるのです。

ライブの話を聞いてから当日まで中1日。予習の暇はなかった。


浜崎さんはボンテージファッションに身をつつみ、妖艶で陰鬱な曲を歌いだしました。浜崎さんは最近ちょっと太ったようで、背後に映るモニターの巨大な顔からはなかなか二重あごが消えません。もとからスタイルのいい人ではなかったけれども、なんだかダイアナ妃みたいな髪型も手伝って4頭身くらいに見えます。しかし、そんなことはファンにとっては「見えないこと」。まわりの客席からは「アユ可愛い~!!」と声援が止むことはありません。

はじめて生で聴く浜崎さんの歌声は野太く、声量があって聞き応えは充分。高音部も危なっかしいところはありません。

何曲か歌ったあと、一転して衣装は女子高生の制服をアレンジしたような少しロリなものに変わり、跳ねるような明るい曲がはじまりました。ここらへんから私も「浜崎さんいいなぁ」とまわりと同調してきました。

ライブはずっとMCをはさまず、コンセプチュアルに展開してしていき、浜崎さんとダンサーたち、バンドの演奏とモニターの映像と舞台のセットが一体となって、寸分の隙もなく段取りどおりショウがくり広げられていきます。

次から次へと¨魅せて¨くれますし、さすがに浜崎さんの歌はどこかで耳にしたような曲ばかりなので、もちうた3曲の私でも飽きたり退屈するようなことはいっさいありませんでした。


後半に入るあたりでMCになりました。司会のような役で会場を和ますのは¨よっちゃん¨ことギターの野村義男さん。この人は芸能界長いので(しかもけっこう苦労してる)さばきかたが上手い。

くわえて、大雑把に言えば¨ダンスミュージック¨にくくられる浜崎さんの音楽にハードロックのテイストを加味して、HR/HM好きの私の胸を熱くしてくれています。

驚いたのはメンバー紹介。Bassはなんとバービーボーイズのエンリケさんでした。バービーボーイズは私の青春の一部です。こんなところで再会できるとは・・・。

まわりにいる、私の半分くらいの年齢の女の子たちは、アユのライブの途中にこのオッサンの意識が20年前にたちかえり、感動しているなんて夢にも思わないでしょう。


ライブが再開されて、やっと最後の方で「Boys & Girls」が歌われました。しかし、もう知っているとか知らないとかとかはどうでもよく、横浜アリーナの10000人をこえるオーディエンスらといっしょになって楽しみ、もりあがっている自分がいました。

7時過ぎ。「ayumi hamasaki ASIA TOUR 2008 ~10th Anniversary~in横浜アリーナは終了しました。

私は浜崎さんのにはあまり興味がなく、それどころか少し嫌悪しているところもあったのですが、彼女のライブは素晴らしかった。

浜崎さんはどこまでもプロフェッショナルで¨本物¨の歌姫でした。

そして、ほんとうに浜崎さんのファンはキレイな人が多いなぁと、私は鼻の下を伸ばしながら横浜線にゆられて帰りました。

写真はライブのクライマックスに天井から降ってきた¨びらびら¨です。


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三色

子供の頃、私の食卓には¨三色ふりかけ¨がおいてありました。

正式な名称はわかりませんが、小さな茶筒のような形の容器が扇型に三部屋に120°ずつ分かれており、それぞれにノリタマ、たらこ(おかかだったかもしれません)、そしてごま塩が入っていました。

容器は透明なプラスチック製で中身が見えるのですが、いつも大差をつけられてごま塩が残っていました。

べつに嫌いだったわけではありませんが、ごまと塩だけというシンプルな構成がつまらなく、じじ臭さやばば臭ささなども感じられて、どうしてもプライオリティとしてノリタマやたらこの¨後¨に残ってしまいます。

兄や妹もきっと同じ優先順位だったはずなのですが、親たちはどんなふうに残ったごま塩を処理していたのでしょう。

無理やり何もめでたくないのに赤飯でも炊いたのでしょうか。

どうしようもなく大人になってしまった今は、むしろごま塩の方が好きだったりするので「今だったらあの頃のような淋しい思いはさせないぜ!」と考えてしまいます。

最近はまるで三色ふりかけを見かけることはありません。

詰め替え用だのエコパックだのが当たり前の時代にあの無駄ばっかりの商品はそぐわないかもしれませんが、なんだか復活動してほしい気分です。


ボールペンにも黒、赤、青の三色が内蔵されているものがあります。

学生時代によく使っていましたし、社会人になってからも買ったことがあります。

でもやはり、真っ先に黒が無くなるので¨二色ボールペン¨が残ります。

結局はボールペンを三本買った方が経済的で無駄がないと気づきました。

道具として¨失敗¨だと私は思うのですが、今でも三色ボールペンのほうは当たり前のように売られていて無くなる気配がありません。

世の中の人たちはどうやって使いこなしているのでしょうか。

最後の最後まで、三色使い切る人がいるのでしょうか。

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水曜日の午後10時

毎週水曜日の夜になると、私の父親は熱心に「ホカベン」を観ていました。

はじめの頃、茶の間のテレビを奪われた私は「レッドカーペットが観たいのだが…」とそのたびに渋々と新聞などを読みながら夕食をとっていました。

しかし、そうして¨いたしかたなく¨ご飯をたべながらチラチラと観ていた「ホカベン」に、私はしだいに引き込まれいってしまいました。
「ホカベン」は面白かったのです。

陰惨な事件が現実に頻発する近ごろ。ドラマにおいても法律や犯罪はシビアに扱わなければならないと思うのですが、その点で「ホカベン」は誠実につくられている感じがしました。

上戸彩はあまり弁護士には見えませんが、熱く青臭い若者を「そうなり過ぎない」いい感じで演じていて好感がもてます。

北村一輝の「濃さ」も良い。テレビごしにみてこんなにもアクが強いのに、休みの時とかちゃんと一般社会に溶け込めるのかしら、と心配になったりすが、私は「ホカベン」で北村のファンになりました。

私の「ホカベン」びいきを決定づけたのは、いじめっこに復讐した少年たちの話の回です。

上戸に諭され真実を吐露する主犯格の少年。「先生も親もみんな馬鹿だ…」呻くように言葉を吐き、やがて床にひざまずいてしまいます。その少年の演技がほんとうに「苦悩」と「悲しみ」に充ちていて鬼気迫るものがあって、私は胸が潰れそうになりました。彼もジャニーズなのでしょうか。素晴らしかったです。

今週は最終回だったのでもちろん観ました。後味のよい清しいラストでした。

「CHANGE」んなんかも、「アホか」とはなっから切り捨てているのですが、一話くらいちゃんと観てみようかなと思います。

視聴率なんてほんとうにあてになりません。あたりまえの話ですが、何が好きで何が良いと思うかなんて、自分で咀嚼して決めたいです。

「ホカベン」も視聴率的にはいろんな媒体で¨大コケ¨とか言われていたのです。

りょうの怖い顔がハイビジョンに対応していなかったからかもしれません。

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Loveずっきゅん

「相対性理論」の「シフォン主義」が良い。
なんの話か。
じつはバンド名とアルバムタイトルだったりします。
タワーレコードで流れていて即買いしました。
カテゴリーとしてはシンプルなギターポップです。
演奏はあまりうまくないし、歌詞は語感重視¨韻¨優先でトンチンカンですし似たようなコード進行の曲ばかりだったりと、いくつかペケなところも耳につきます。
しかし、どこか体温の低い、しれっとした(それでいてキュートな)Vo.やくしまるえつこの歌唱と素晴らしい¨メロディー¨に全てをもっていかれてしまいます。
私はチャットモンチーをはじめて聴いたときの鮮烈さを思い出しました。
プレイヤーにぶち込んでここ一週間くらいヘヴィローテーションです。
時が流れていつか私が¨2008年の6月¨を思い返すとき、「シフォン主義」はきっとそのアイコンとなることでしょう。
私はとくに2曲目の「Loveずっきゅん」にまいってしまいました。
「♪ラブ ラブ ラブずっきゅん」のリフレインが頭から離れず、仕事や日常生活のリズムさえ支配してしまいそうです。しかし「Loveずっきゅん」てシラフで連呼するには、かなりこっぱずかしいフレーズだなぁ。

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ナンシー関 大ハンコ展

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「ナンシー関 大ハンコ展」に行ってきました。

独特の味わいをもった消しゴム版画と、痛快にテレビや芸能界を斬りまくるコラムで時代を駆け抜けたナンシー関さん。彼女が急逝してから早いもので6年がたちます。

今年がきりがいいのかなんなのかよくわかりませんが、5000を越える¨消しゴム¨をいっきに展示する催しに、熱烈なファンである私が行かないわけにはゆきません!7日の午後に渋谷のパルコに駆けつけました。

会場のある6Fに着くと、入場口から人があふれ、その列が階段にまで伸びていてびっくりしました。こんなにもいまだに人気があるなんて。早くも私の胸はジ~ンと熱くなります。

あまりの混雑ぶりにちょっとひきましたが、けっこう¨はけ¨が早そうだったので列の最後尾に並ぶと、案の定1時間もしないうちに会場に入ることができました。

中は最初からおびただしい数の消しゴムのハンコ、ハンコ、ハンコでした。

なんでも「ハンコ隊」とよばれるスタッフがひとつひとつ押して、その似顔絵を分野ごとにわけ、消しゴムが傷まないようにまたインクを拭き取るという作業をくりかえしたそうです。

数が膨大なうえ彫りかけや¨似ていない¨ものもあって大変だった、とのこと。頭がさがります。

おかげで、ミュージシャンや文化人やスポーツ選手などにコーナーが別れ、版画の下に¨それらのハンコ¨がならべられている、という面白い構成になっていました。

彼女の似顔絵には必ずといっていいほど、いかにも!といった感じのその人にあったセリフや一言がそえられて抜群の笑いのセンスが垣間見えるのですが(渡辺篤史さんなら『ほう、ここにも収納ですか』といったぐあいに)、驚くのはその文字も「彫ってある」ということです。以前に生ハンコをみたときも感心したのですが、今回あらためてその仕事の細かさやこだわりに目を奪われました。

そして消しゴムの微細な凹凸を見ているうちに、丸っこい体をさらに丸めて消しゴムを彫っている彼女の¨生¨がうかびあがり(たしかにナンシー関は生きていたんだ!)、同時にもう二度と新しい消しゴムが彫られることはないのだと痛感して哀しくなるのでした。

会場にはモニターあって、親しかった著名人のビデオレターが映され、おのおのが思い出や愛を語ります。みうらじゅん氏は彫ってもらったことをたいそう自慢していました。しりあがり寿氏は反対に、彫ってもらえなかったことを悔しがっていました。

後半には彼女の仕事場が再現されていたり、所有物が展示されていました。なかでも目を引いたのは「ビートたけしのオールナイトニッポン」を録音したカセットテープです。

彼女がビートたけしとオールナイトニッポンのファンだったことは有名な話です。彼女の毒やユーモアは間違いなくたけしに通ずるところがあって、そのルーツを確認できただけでも「来てよかった」と幸福になり、会場を出ました。

大満足の展覧会です。入場料は300円。安すぎます。


ナンシー関を知っている人たちは、彼女が亡くなってからことあるごとに「彼女ならどんなふうに書く(彫る)だろう」と思っているはずです。

とうぜん私も「大食い選手権が好きだった関さんはギャル曽根のことをどう評したろう」「スザンヌや羞恥心などのお馬鹿キャラは?」「ハンカチ王子やハニカミ王子やダルビッシュの活躍は?・・・」などと想いをはせてしまいます。

雑誌を読みあさっていると、ナンシーさんが亡くなってからなんだかテレビ評とか芸能に関するコラムが増えた気がします(亜流もあるが)。

叶わぬ願いとし知りつつも、それでもやはり私はナンシーさんのコラムが読みたくなり、消しゴム版画が見てみたいのです。


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大魔神

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なぜか江戸川競艇場に大魔神様が現れたと聞いて、見に行ってきました。

都営新宿線、船堀駅から無料送迎バスで約5分。競艇場に降り立つと、東大寺の仁王象のように、入場口の右側に変身前の埴輪像が立ち、左側には¨大魔神様¨がものすごい形相で通行人をかたっぱしから睨みつけていました。

映画と同じ4.5メートルの体躯をした大魔神様は威風堂々とした¨戦士¨の佇まいでかっこよく、なによりもおっかなかった!!

よく言われることですが、大魔神様は¨大きすぎない¨ことが映画の中でリアリティーを生み出していると思います。

あんなのがのっしのっしと近所をあるいていたら・・。

あんなのに2階にある自分の部屋をのぞかれたたら・・。

あんなのに捕まえられちゃったら・・・。

そんなふうにわざわざ克明に想像しては震え上がっていた少年時代を思い出しました。


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ピンポンダッシュ・イン・マイドリーム

昨晩見た夢の中で、カオリちゃんと再会しました。

夢の中の私は、社員旅行でイタリアを訪れていました。そしてなぜだか中学生の頃ひそかに想いを寄せていたカオリちゃんも同僚としていっしょにその旅行に参加していたのです。

隅から隅までありえない設定ですが、夢の中の私はさほど違和感を覚えず「あ、カオリちゃんも来てるんだ」くらいにしか受け止めませんでした(ここらへんが夢の不思議で素敵なところです)。

実際には卒業以来一度も会っていないので、カオリちゃんはキラキラとした15歳の少女のままでした。

しかし20年以上の空白ももろともせずに、休み時間に教室の隅で他愛もないことで笑いあったあの頃のように、私たちはなかなかイイ感じで言葉を交わしながらイタリア旅行を楽しみます。

明日は自由行動だ、という日の夜になって、なんの拍子かカオリちゃんは私にこう言いました。

「明日2人でフィレンツェに行かない?」

私はフィレンツェになにがあるのかさっぱりわかりませんし、興味もありませんが(そもそもフィレンツェってイタリアでしたっけ)他でもないカオリちゃんと2人きりならまるで話は別です。私は鼻の先っちょが熱くなるような興奮をさとられないように、努めておだやかに答えました。

「いいよ。いいとも。」

ホテルの部屋に戻ってベッドの中に入ると、遠足の前の日の小学生のようにワクワクしてどうしようもありませんでした。明日はずっとカオリちゃんとずっと2人だ。いいぞ。こりゃぁいいぞ。

ところがウトウトと眠りにつくと同時に、私は現実に目覚めてしまったのです。まるでこちらの世界の方が夢であるかのように!

ああ、なんだよ。嘆きながら布団から起き上がると、窓の外にはどんよりとした¨月曜日の朝¨が広がっていました。

ほんとうに残念ですが、一方でその夢のおかげで私は今日一日なんだか幸福でした。

何十年ぶりだろうと夢の中だろうと、カオリちゃんは眩しかった。しかしなんでイタリアなのか。


夢といえば少し前にも変な夢を見ました。

その夢の中で私は15年以上も前に別れた女の家に行き、ピンポンダッシュをして走って逃げ帰ってきたのです。

かー。私は目覚めたとたん、自分が赤面しているのがわかりました。恥ずかしい!!

うらみつらみがあるのなら、女に会って殴りなさいよ(いや、暴力はよくないとは思いますが、夢だし、のこのこ家まで行ったのですからどうせならってことで)。

ピンポンダッシュとはなんですか。小学生ですか私は。

そもそも¨夢¨は「潜在願望」とか「深層心理の表れ」だとか言われています。それらが正しいことだとしたら、無意識にピンポンダッシュをしている私の心の奥底というのは、どんな幼稚で情けない、どろっとしたものがうごめいているのでしょう。

フロイトとか詳しい人、教えてください。


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お疲れさんだね、エボルタくん。

パナソニックは以前にも、自分とこの電池で車を走らせたり飛行機を飛ばしたりして、その性能を喧伝していました。

そして今回は単三電池2個を背中にしょった小型ロボット「エボルタくん」に、あのグランドキャニオンを登らせて見事成功したそうです。

「登頂」といっても岩肌をガシガシとつかんで登っていくわけではなく、絶壁の頂上からたらしたロープをてくてくと登り棒のように登っていく仕組みです。

その映像をちらっとだけ見たのですが、なんともけなげで可愛くて、滑稽なんだけれども孤独でもあり壮大なロマンも感じました。

言葉がもどかしくてうまく言えませんが、ともかくマクロなグランドキャニオンとミクロなエボルタくんの対比に、私は妙なカタルシスを覚えてしまったのです。

くわえて電池のスタミナに驚くのはもちろんのこと、いい大人たちが¨ロボットにグランドキャニオンを登らす¨ことを思いつき、真剣に試行錯誤をかさねて実現させてしまうパナソニックは「なんて夢のある会社だろう!」と私は胸が温かくなりました。

新聞では人間様の「エベレスト最高齢登頂」のニュースの¨ついで¨みたいな感じで記事が載っていたのですが、私は俄然エボルタくんのほうに心奪われました。

身長17cmのエボルタくんは6時間45分かけて530メートルの高さを登りきったそうです。

お疲れさんだね、エボルタくん。


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