補欠

11月8日に昭和記念公園で駅伝大会が開かれます。

会社の、運動好きの面々が出場するというので「あら、がんばってね」と他人事に思っていたら、彼らから補欠になっていただけませんか、との要請。

私が?!

なんでも、1チーム4人で走るそうなんですが、補欠を1人立てないとエントリーできないらしいのです。

補欠ならいいか。かなり軽い気持ちでひきうけた私ですが、時間がたつにつれ大会のことを真面目に考えるようになりました。

当日は1人が5キロ、2人が3キロ、1人が1キロの合計12キロを1チームで走ります。

万が一、ということがあります。1キロならなんとかなりそうですがそれ以上は鼻血がでてしまいそうです。

私はささやかながらトレーニングをはじめました。

ともかく今の私の体は緩みきっており、ジョギングするという初歩の初歩も苦行です。

バイクのタコメーターで距離を測り、家の近所に3キロチョイのコースを設定。まずはウォーキングから慣らしていくことにしました。

やってみるとこれがなかなか楽しく、いろんなことを思考し、眺めることができてすごく時間を有効に使えている気がします。

歩くのはほとんど夜なので、高架線の上をキラキラと走り抜けて行く電車にどこか詩情みたいなものを感じながら、私は闇の一部となって舗道を歩いています。

この前などは会社帰りに何駅かぶん歩いてみようと思い小石川から九段下まで歩きました。ドームや観覧車など日常とはちょっと乖離した風景が見られる後楽園をよこぎったときはほんとうに楽しかったです。

ちなみに歩きながら音楽を聴くなら、同じような旋律とリズムがループするテクノの権化KRAFTWERKがいいです。もう笑ってしまうくらい、「歩く」という動作を促します。


さて、先日メンバー全員代々木公園に集まって¨合同練習¨をしました。緑に包まれた都会のオアシスといった感じのとてもいいところでしたが、やはり私には1キロを走りぬくのもしんどかった!

¨選手¨のみなさんは「きついなー」というわりには笑顔が絶えず、さすがだなぁと感心せずにはいられませんでした。


会場となる昭和記念公園の下見も終えて、あとは本番を待つばかり。

どうなりますことやら。

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ストリートビューと「どこでもドア」

GoogleEarthは空撮でしたが、ストリートビューは人の目線から見た360°の¨街並み¨が検索できるそうです。

私は「すごいなぁ」と好奇心を刺激される反面、「では他になにが」と思い、まだ実際には使用したことがありませんが(たぶん自宅や会社の近くを訪れて「へー」でおしまい)、あの「どこでもドア」をマンガの中で見るたびに生じた心配がムクムクとこみ上げてきました。

¨どこにでも行けるのはいいけど、どこからでも来られるのはやっかいだな¨

そんな感じです。


携帯電話が普及し始めた頃、私はその便利さは認めつつ、「なんで渋谷の真ん中で電話の相手をしなくちゃいけないんだろ」とかなり億劫に感じたりもしました。

これは一人でいることが大好きな私の特殊な感想でしょうが、なんだか自分のプライベートな時間が削られる、その空間に踏み込まれる、そんな気がしたのです。

メールも友人などはもちろんかまわないのですが、いわゆる「迷惑メール」などは、昔なら玄関先に訪れていたしつこいセールスマンなどがポケットの中でブルブルと振動しているようで、空寒くなります。

人と人が¨つながる¨って互いの準備あってのことでしょう。

その点で「どこでもドア」はのび太やドラえもんの行く先々の人や場所に対してあまりにも無遠慮なので子供の頃はずいぶんひやひやしました。


グーグルストリートビューも、サービス開始以来様々な問題が指摘されています。

要請すればあとあとぼかしてくれるとは言え、顔が写っていたりして肖像権の侵害になりはしないか。はっきり表札が写っていたり、干された洗濯物が写り込んでいたりしてプライバシーを侵害していないか。

そもそも犯罪を企てているものにはには有益で防犯という意味ではかなりやっかいな代物ではないか、などなど。


そういえばどこでもドアや他の秘密道具も、たびたび使い方をまちがえて入浴中のしずかちゃんの浴室に進入してしまい「のび太さんのエッチ!!」という事態に陥っていましたっけ。

すでにアメリカではストリートビューに関してGoogleは100件以上の訴訟を起こされています。


はたして日本人のストリートビューに対する¨好意¨と¨嫌悪感¨はどんな按配なのか。そしていつかストリートビューが犯罪の手助けをしてしまい、「グーグルさんのエッチ!!」ということになりはしないか私は心配でなりません。

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いいとも少女隊の一日署長

渡辺直美さんが「いいとも少女隊」として¨一日品川警察署長¨をやるというので、のこのこ出かけてまいりました。


今年18回目となる「品川宿場祭り」。そのイベントの一つとして交通安全パレードと時代劇仮装パレードが恒例になっているようで、京浜急行新馬場駅を降りて商店街の人ごみの中を歩いていくと様々なコスプレと出会います。

突然弁慶さんが歩いていたり、品川区長自ら水戸黄門に扮していたり、どっかで見たようなおちょぼ口の侍がいるなぁと思ったら、石原家の三男ひろたか議員でした。

パレードの出発点に着くと、スタート前のセレモニーが開かれていました。

区長や署長のあとに挨拶に立ったいいとも少女隊の二人は、婦人警官の姿で「一日署長」のたすきをかけて奇跡的な可愛さ。

直美さんは「ビヨンセです」と発し、さっそく笑いを誘っていました。


白バイに先導され、赤いオープンカーの後部座席で観衆にピッと額に手を当てる警察特有のポーズを決める二人。

テレビなどではよく見ていた風景ですが目の当たりにするとすごい興奮しました(へんな意味ではなく)。

なかなかこういう機会はないでしょうし、¨超出不精¨の私ですがほんとうに行ってよかったと思います。


写真をたくさん撮って、そのときは何も言われませんでしたが、肖像権問題があるのでここに載せるのはやめておきます。

鈴木凛さんのブログに素晴らしい写真がUPされていたのでそちらを見てください。


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生きてることが辛いなら

森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」をマスターして、いつかカラオケで歌ってやろうと練習しています。

お風呂の中やバイクに乗りながら、はたまた残業で一人ぼっちになったときなどに、それはもう¨口ずさむ¨なんて生易しい感じではなく、大声で叫んでおります。


さて、その「生きてることが辛いなら」の冒頭の¨~いっそ小さく死ねばいい¨という歌詞が¨自死をあおるのではないか¨などと論争を巻き起こしています。

私は、¨小さく死ぬ¨というのは「生きながらにして自分をリセットしてみる、いろんなことを一からやり直してみる、考え直してみる」くらいの意味で聴こえていたので、むしろ「あと200年ぐらい生きてみよう」とか思ったのですが、賛否両論あって、神経質に「死んじゃう人がいたらどうすんだよ」と考えてる人も世の中にはいるようです。

ちょっと驚いたのがコンビニで¨放送禁止¨になったことで、どこのどなたが決めたのか知りませんが、その理由があまりにも言いがかりっぽく、スジが通っていないので腹が立ちました。

なんでも、「短時間に出入りする客が多いコンビにでは歌詞の一部だけを聴く可能性がある」とのこと。

世の中に無限に放たれる言葉や音楽や画などに私たちは、大なり小なり自分の人生に影響を受けています。

コンビニに入れば有線も聴こえてくるでしょうが、雑誌などの立ち読みもするでしょう。そこで目にした文章やイラストや写真らのほうにも、自死をあおったりする¨1行¨もしくは¨1ページ¨があるかもしれません。あるいは作者や筆者が本当に伝えたいことを描くために¨あえて¨殺人を賛美したり、戦争を正当化しているような、「作品の一部」を見る可能性のほうがおおいにあるのではないか。

しかしコンビニ側はいちいち商品の雑誌や新聞をチェックしてはいないでしょう(それは不可能)。

結局、わかりやすく、簡単なところから削除していくお手盛りな倫理観でしかないのでは。


人がなにをどう思うかなんて、ほんとうは他人には施しようがありません。

たとえばZARDの「負けないで」は人生の応援歌の代表みたいなものですが、私は大嫌いです。私は¨負けないで¨とか¨がんばれ¨と言われるのが一番つらかったりするときがあるので。

人生は様々な矛盾を孕んでいているし、人の心は複雑で、「死ねばいい」と聴いて生きたくなるし、がんばれと言われるたびに消えて無くなりたくなったりするのです。


作者に明確な悪意みたいなものがあれば話は別だろうし、「ある」と受け止めている人がいるのならそれはそれで先にも言ったように施しようがないのですが、私は「生きてることが辛いなら」の¨詞(詩)¨とそれを聴いて「あと200年生きよう」と思った自分の¨感性¨を信用したいです。

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キクロンおばさん

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キクロンです。

家でも職場でも幾度となく使ってきた食器洗い用のスポンジですが、よくよくパッケージのデザインを見てみるとかなり味わいがあり、しかもちょっと「怖かった」ので、思わず写真に撮ってしまいました。

まず惹かれるのはそのイラストのタッチ。どう見ても現代のものではありません。パソコンのパの字もない時代に描かれてたものと思われ、全体的な色調からは¨古めかしさ¨が伝わってきます。

技術的には遠近法などがうまく使えておらず、システムキッチンの蛇口や窓際においてあるポットとヤカンが斜めになってしまっていて、今にも落っこちてしまいそうです。

そしてなによりも、衝撃的なのが手前に大きく描かれた¨奥さん¨です

現代のセンスなら、もっと若くて新婚ホヤホヤ的な娘さんを起用するかと思うのですが、私の見る限りこの¨奥さん¨は40歳台。完全に熟女とよばれる領域です。

ノースリーブからあらわになった、たっぷりとした白い身の腕からは、そこらへんの小娘には真似のできない大人の色香が漂っており、かなりのボリュームがあるだろうと容易に想像が出来るバストのあたりでちょうど絵を「切る」ことによって、マニアの人はたまらないだろうな、と思わせる構図になっています。

そう、このパッケージデザインはどこか生めかし過ぎるのです。

奥さんはキクロンを持ってはいますが、今から食器を洗おうという感じではありません。うっすらと微笑んではいますが目は笑っておらず、その目は¨私¨ではなく第3者の¨ご主人¨に向けられ、寝室にいざないながら「今日はこのキクロンを使って・・・」などと淫らなことをもくろんでいそうです。

くわえて、奥さんが持っているキクロンの中には同じ「キクロンを持っている奥さん」が描かれ、合わせ鏡のように無限に続いています。それは終わりのない淫靡と悦楽の世界をあらわしているようでもあり、もしその目線の先が不倫相手だとしたら、逃れられない泥沼の暗喩ともとれ、ほんとうに怖いです。


私は¨奥さん¨のことがもっと知りたくなって、キクロンのホームページを訪れてみました。

すると、次から次へと私の想像を超える事実が判明して腰が抜けました。深い。じつに深い。


まず、この奥さんに明確な名前はなく単に「キクロンおばさん」と呼ばれています。私は気を使って¨奥さん¨て言っていたのに、なんだ、おばさんて言っちゃってよかったのね。

私は絵のタッチからその歴史は70年代だとふんでいたのですが、実際にはもっと古く昭和37、8年ぐらいにさかのぼります。(どんだけロングセラーなんだ)

商品があまり売れずに悩む当時の社長のもとに、ある画家があらわれ、「3倍の売れ行きを示すイラストを描く自信がある」と豪語したそうです。

それが「キクロンおばさん」で、採用してみるとほんとうに売り上げが飛躍的に伸びたのだそうです。

これは私の想像ですが、今だに同じイラストを使い続けているのは当時の¨恩¨を忘れないためではなかろうか。このおばんさんに会社を大きくしてもらったんだと。

だとしたらちょっといい話でジーンときてしまいます。

「キクロンおばさん」は、ちゃんとした名前がないわりにはけっこう細かく¨キャラ付け¨がなされています。

そもそもその生い立ちからして複雑。

ドイツ人の父と台湾人の母をもち(つまりハーフ)、中学の頃に父の仕事の関係ではじめて日本の土をふみます。

私は「キクロンおばさん」の¨茶髪¨を故・青江三奈さんのような「昭和歌謡茶髪」だと思っていたのですがはずれました。地毛だったとは!!

年齢は私と同世代の37歳。夫は外交官で渋谷に住んでいます。

笑えたのは好きなタレント→kinki kids(とくに堂本剛のほう)だって。40年以上の歴史があるわりにはずいぶん設定が最近です。

他にも通販好きだったり、懸賞に凝っていたりと、意外と俗っぽいところがあると知ってなんだか安心しました。


―なんとなく道で拾った石を調べてみたら素敵な物語が隠されていた。―

―いつもは通り過ぎていただけの近所の壁の穴を覗いてみると、想像を絶する世界が広がっていた―


「キクロンおばさん」はそんな経験をさせてくれました。


ここまでつらつらと「キクロンおばさん」のことを書いてきてなんなんですが、私は昔から住友スリーエムのスミちゃんのファンです。

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じゅぴたー

私の課の、ここ何日かの日報を整理していましたら、日付のところに「19月51日」と書き込んでいる方がいました。


その人の暦だけ木星の軌道にのっかってしまっています。


いや、この秋口でもう¨19月¨ということは逆に円周が小さいのか。


水星人? 金星人?


ともかく¨いつ¨の日報なんだか。


不思議なのは日報をよくよく見ても、違う欄に書くべき数値(例えば終了時間とか)を間違って書いた様子がまるでないことです。

とうとつに1951という値が登場して」いるのです。


休みが明けたら本人に問いただしてみましょう。


「あなたはどこの星から来た人ですか!」

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天の気

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「お天気」と名づけた昔の人は素晴らしい。

ちかごろの急な豪雨をもたらす不安定な気候は、科学的なメカニズム云々よりも、¨天¨という人格が気分や機嫌を損ねている、という表現の方が実感として受け入れられます。

まさに「気象」というより「気性」です。


まったくの偶然しろ、これからでかけようという時や、駅やお店から出ようとした途端はげしい雨が降ってくると「意地悪だなぁ」とか「なにか悪いことしたかよ」などと、かなり擬人化して私は空を見上げてしまいます。

このまえなど、仕事が終わって同僚といっしょに会社を出て道を歩き出し、さぁ会話をしょうかと思った瞬間「ざぱーん」と嘘みたいな量の雨が降ってきました。そしてその音で互いの声が聞こえなくなってしまい、いったいなんのジェラシーなのだと私は可笑しくなりました。


「女心と秋の空」とはよく言ったもので、気まぐれな天候の変化に出くわすと、私もやはり女性の「気性」を思い出さずにはいられません。


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福島選手を応援します。(3)

北京オリンピック陸上女子100メートル走に、私一押しの福島千里選手が出場しました。

1次予選の5組目。素人目にも「おおっ」と思わせるくらいの素晴らしいスタートダッシュを見せた福島選手でしたが、中盤からはあまり伸びずに結果は11秒74で5位。タイム順でも2次予選に進むことができず、世界の広さと厚みを感じました。残念!!

レース直後の、呼吸も気持ちも整わないタイミングでのインタビューははなはだ疑問で腹立たしかったのですが、そんな中でもタイムについて訊かれ「最悪」、と、さわやかに、しかしぴしゃりと答えていたのが印象的でした。

心ここにあらず、といった様子の福島選手でしたが、やはり胸の中にはベストを尽くせなかった悔しさがふつふつとこみ上げてきていたのかもしれません。


競技としては¨惨敗¨でしたが、私は福島選手から「青春のきらめき」や「みなぎる生命力」を感じとり元気がでました。それを「感動」と言ってしまうとすごく安っぽくなるのだけれど・・・。

ともかくこれからも私は福島選手を応援しますよ。

気が早く、しかも気が遠くなるような話ですが、4年後のあの「別世界」にまた彼女が立つことができますように・・。


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CG花火

いいなぁ。

なんだかじわじわ中国が好きになってきました。


オリンピックまでに建設が間に合わなかったので、そのホテルのリアルな¨書割¨が北京市内に建っている、という話ににも笑いましたが、開会式の花火まで一部CGだったとは!!

もうここまでくると、どこかの食品偽装をした会社のように「インチキ依存症」を中国が患っているとしか思えません。

やろうと思えば出来るのに、「CGでごまかせる」とわかると「ならそっちで」という方向に簡単に流れていってしまう心的傾向が見て取れてほんとうに面白いです。

どうせなら得意の人海戦術で¨人¨を打ち上げちゃえばよかったのに。

「開会式の花火、一部人でした」という見出しの方がCGより数倍インパクトがあります。

専門家が開会式の映像を分析して打ち上げられた花火をググーッとズームアップすると、色とりどりの全身タイツをまとったおびただしい数のお兄ちゃんたちが宙を舞っていたら素敵です。

そして、一番高いところに来たときに彼らがそろって「どかーん」とか口で言っているのが確認できたらなお感動です。


実際、開会式でものすごい人数で一糸乱れず繰り広げられた太極拳やマスゲームが素晴らしかったので、私はついついそんなお馬鹿なことを考えてしまいます。


花火がCGでも、歌が口パクでも私は全然かまいません。

主役である選手や競技にインチキがないことをいのるばかりです。


あとあとになって「あの金メダリストはCGでした」とか言われたらどうしましょう!!

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ヘッドフォン

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audio-technicaちんのノイズキャンセリングヘッドフォンが2度目の骨折です。

以前、普通に装着しようとしたらポキッと折れてしまい、アロンアルファ様で接着したのですが、2日ぐらいでまた取れてしまいました。

再度アロンアルファ先生に登場願い、なにぶん接着面が狭いものですからドボドボと今度は多めにつけてギューッと祈るように手で押さえつけました。

それから4日たちましたがなんとか持ちこたえています。

音自体はなんの支障もきたしてないし、なによりもノイズキャンセリングヘッドフォンは高価なので買い換えるとなると鼻血がでてしまいそうです。

もう少しがんばってくれ!!

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